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この記事はアルガルヴェを離れ、アルテの滝とエヴォラを経てヴェンダス・ノヴァスまで北上した1日の記録です。赤い崖のあいだから落ちるアルテの滝と緑色の滝つぼを眺め、コルクガシの並ぶ道を走って、城壁の町エヴォラで人骨堂、ローマ神殿、ポルタス・デ・モウラの噴水を歩いて回りました。
町・村見た場所食べた場所泊まった場所車で移動
3月23日土 · 7日目 · アルブフェイラ → ヴェンダス・ノヴァス
- アルブフェイラ海辺のリゾートをチェックアウト
- アルブフェイラ → アルテ · 約36km
- ガソリンスタンド 給油
- アルテアルガルヴェ内陸の小さな村
- アルテの滝水辺で1時間ほど
- 村の水辺編み物で飾られた木
- アルテ → エヴォラ · 約189km、コルクガシの道
- エヴォラ旧市街は城壁の外に車を置いて徒歩で
- 人骨堂上階の博物館まで
- パン屋パンとコーヒー
- 大聖堂、ローマ神殿
- ポルタス・デ・モウラの噴水
- アジア料理ビュッフェ郊外で夕食
- エヴォラ → ヴェンダス・ノヴァス · 約57km
- ヴェンダス・ノヴァスB&Bに1泊
| いつ | 2024年3月23日(土)、ポルトガル旅行7日目 |
|---|---|
| 天気 | アルテは曇り空、エヴォラは青空がのぞく午後日差しは暖かく、風は涼しい日 |
| 運転 | 約280km、運転時間は約3時間25分 |
| 入場 | 有料エヴォラの人骨堂 大人7ユーロ、家族15ユーロチケット不要アルテの滝、アルテの村、ローマ神殿、大聖堂の外観、ポルタス・デ・モウラの噴水 |
| 同行者 | 妻と子ども、家族3人 |
| 宿泊 | ヴェンダス・ノヴァスのB&B「MIX inn」に1泊エヴォラから西へ約57km、翌日オビドスへ向かう途中 |
| 場所 | アルテ アルガルヴェ内陸の小さな村エヴォラ アレンテージョ平原の城壁の町、旧市街がユネスコ世界遺産ヴェンダス・ノヴァス エヴォラとリスボンのあいだの小さな町Googleマップのリンクは下の「場所とアクセス」にまとめました。 |
目次
アルガルヴェの海辺で2日間を過ごしたあと、旅の7日目に車で北へ向かいました。今回の旅でいちばん長く走った日です。アルガルヴェ内陸のアルテの滝に寄り、コルクガシが続くアレンテージョ地方の平原を抜けて城壁の町エヴォラ(Évora)へ。まずはずっと見たかったエヴォラの人骨堂を訪ねました。ローマ神殿とポルタス・デ・モウラの噴水まで歩いたあと、翌日のルート上にあるヴェンダス・ノヴァスで1泊しています。
以下、立ち寄った順に書き、それぞれの場所への行き方と知っておくと役立つことを添えました。
3月23日アルブフェイラからヴェンダス・ノヴァスまで 約280km
- 1アルブフェイラ 午前11時45分ごろ海辺のリゾートをチェックアウトして出発
- 2アルテ 12時35分ごろ滝と村の水辺で1時間ほど
- 3エヴォラ 午後4時20分ごろ旧市街を歩いて2時間半ほど、郊外のビュッフェで夕食
- 4ヴェンダス・ノヴァス 夜B&Bで1泊
番号は町と村、🍽は夕食をとった場所、白い点はちょっと立ち寄った場所です。点線は車で走った道です。略図なので、実際の距離や方角とは少し違います。
ベナジル洞窟とサグレスの代わりに選んだアルテの滝
午前11時45分ごろ、アルブフェイラ(Albufeira)のリゾートを出発しました。もともとこの日は、ボートでベナジル洞窟(Benagil)へ行くつもりでした。ただ、前日にラゴスで岩の柱やアーチ、洞窟を間近でたっぷり見ていましたし、この時期は船から降りずに洞窟をひと回りして戻るだけだと聞きました。イルカに会えるかもしれないという案内文にも、あまり心が動きませんでした。
アルガルヴェ西端のサグレス(Sagres)も今回は外しました。数日前にロカ岬で大西洋に突き出た断崖の岬を見ていたので、重なると感じたからです。そのかわり、北のエヴォラへ向かう途中で寄れる場所を探して見つけたのが、内陸の小さな村アルテ(Alte)にある滝でした。ベナジル洞窟の新しいルールとオフシーズンの運航については、ポルトガル2週間のモデルコースの記事に書いています。
海岸から内陸に入ると、道沿いの家々の庭に、オレンジやレモンが鈴なりの木が立っていました。12時15分ごろガソリンスタンドで給油して、アルテへ向かいます。
アルテの滝、赤い崖と緑色の水
アルテの滝(Queda do Vigário)は、赤い山肌のあいだを水が流れ落ち、その下に緑色の水がたまっている場所です。赤土の崖、その上を覆う濃い緑の木々、白く落ちる水、翡翠色の滝つぼがひとつの景色に収まっていて、本当にきれいな色でした。雨が少ない時期には乾いた崖しか見られないこともあるそうですが、私たちが行った日は水量も滝つぼの水もたっぷり。あの水の色はいまも記憶に残っています。

広いオレンジ畑の上にある駐車場に車を停め、滝を探して下りていきました。最初は入口がわからず、何人かに道を尋ねることに。道は2つあり、ひとつはオレンジ畑をぐるりと回る遊歩道、もうひとつは滝までまっすぐ続く木の階段です。時間を節約したかったので、私たちは木の階段を下りました。


日差しは暖かく、風は涼しい日でした。妻と私は水辺に座って足を水にひたし、しばらく滝を眺めていました。自然のなかで生き物を探すのが大好きな息子は、水着に着替えてすぐ目の前の水辺でオタマジャクシをつかまえては放し、大はしゃぎ。帰る前には息子が私たち夫婦の写真を撮ると言い出したのですが、撮るたびに指がレンズにかかってしまい、何度も笑いました。
子どもの手に合うキッズカメラ
旅先で子どもが自分で写真を撮りたがるなら、小さくて軽いキッズカメラもあります。リンク先は複数の商品を比べられる検索結果です。
アルテの滝への行き方と持ち物
- 距離:アルブフェイラのリゾートから約36km、車で36分ほど(Googleマップの通常の交通状況、2026年10月確認)
- 駐車場と入口:ロウレ(Loulé)市の観光案内では、村の墓地の横に車を停め、木の階段か約300mの土の道を下りるよう案内しています。入口はすぐには見つかりにくいのですが、2つの道のうち木の階段を選べば滝までまっすぐ着きます。
- 滝:高さ24mから流れ落ちます。夏は滝つぼで泳ぐ人も多いそうですが、管理されたプールではなく自然の水たまりなので、子どもが入るときはそばで見ていてあげるのがおすすめです。
- 持ち物:水辺の足もとは赤土と石です。水に入るつもりなら、水着とタオル、ウォーターシューズを車に積んでおくと安心です。
ウォーターシューズと子ども用水着
アルテの滝のように足もとが土や石の水辺では、ウォーターシューズがあると安心して歩けます。大人用と子ども用をそろえておけば、海やプールでも使えます。私たちが使ったものと同じ商品ではなく、リンク先はいろいろな商品を比べられる検索結果です。
アルテの村の水辺と、編み物で飾られた木
1時半ごろ、村の中心まで下りてきました。小さな村アルテには、長く続く水辺(Praia Fluvial de Alte)があります。夏はここで水遊びをして暑さをしのぐそうです。私たちが行ったときは水が少なく、水辺へ下りる道もふさがれていたので、外から眺めるだけにしました。
村では初めて見るカモに出会いました。頭が白く目のまわりが赤く、黒い体に白いまだら模様のあるカモです。プラタナスの幹のあちこちには、編み物の布が巻きつけて飾ってありました。コーヒーでも1杯飲んでから出発しようと思ったのですが、開いているお店が少なく、そのまま次の道へ。


コルクガシの道を走ってアレンテージョへ
アルテからエヴォラまでは約189km、Googleマップで2時間ちょっとの道のりです。アルガルヴェの山あいを越えてアレンテージョ(Alentejo)の平原に入ると、道の両側にコルクガシの木が続きました。
ポルトガルは世界のコルクの約半分を生産する国です。コルクガシは木を切らずに樹皮だけをはいで収穫します。植えてから25年ほどたって初めて樹皮をはぎ、その後は9年ごとに収穫します。樹皮をはいだ幹にはその年がわかる数字が書かれていて、次の収穫時期の目安になるんです。車窓から数字の書かれた木を探すのが、長いドライブのちょっとした楽しみになりました。

リスボンで借りてポルトで返したレンタカーや、高速道路の料金装置については、ポルトガルのレンタカーと移動・準備の記事にまとめています。
城壁の外に車を置いて歩いたエヴォラ
午後4時20分ごろ、エヴォラに着きました。ローマ時代と中世の名残がともに残る町で、城壁の内側の旧市街全体が1986年にユネスコ世界遺産(エヴォラ歴史地区)に登録されています。城壁の中は道が狭く、路上駐車は時間制の有料区域なので、私たちは城壁の外の広い駐車場に車を置いて歩いて入りました。こうすると時間を気にせず旧市街を歩けます。人骨堂からパン屋、おみやげ通り、大聖堂、ローマ神殿、ポルタス・デ・モウラの噴水まですべて歩いて回り、車に戻った6時45分ごろまで2時間半ほどかかりました。
エヴォラ旧市街歩いて回った道 約2時間半
点線は歩いた道、番号は立ち寄った順番、白い点は通り過ぎた場所です。略図なので、実際の路地はもっと入り組んでいます。
エヴォラの人骨堂、人の骨で覆われた小さな礼拝堂
人骨堂(Capela dos Ossos)は、今回の旅でどうしても見たくて、わざわざ訪ねた場所です。サン・フランシスコ教会(Igreja de São Francisco)の中にある小さな礼拝堂で、教会正面の広いアーチの回廊を抜けてチケット売り場へ入ります。


誰が、なぜ骨で礼拝堂をつくったのか
礼拝堂内の案内板によると、人骨堂は17世紀前半に建てられた、ポルトガルでもっとも古い骨の礼拝堂です。はじめは煉獄の魂のために祈る場所で、のちに十字架を背負うキリスト(Senhor dos Passos)をまつる場所になりました。壁を埋める骨は、修道院付属の墓地や教会、回廊に葬られていた人たちのものと考えられています。エヴォラの人々は最期の安息の地としてこの修道院を好んで選び、フランシスコ会の修道服を着て葬られると罪が赦されると信じていたそうです。埋葬する場所が足りなくなり、修道士たちが古い遺骨を礼拝堂の壁に使うことにしたのです。
実際に目にすると、想像よりずっと異様な空間でした。天井と床を除けば、礼拝堂の壁と8本の柱がすべて頭蓋骨と骨でびっしり覆われています。よく「5,000体を超える遺骨」と言われます。丸天井にはフレスコ画が残っていて、教会の公式紹介によると1810年に描かれたものです。壁の上のほうに大きく刻まれた「1810」という数字も、この年を指しています。




入口の言葉と、旅人に語りかける詩
礼拝堂の入口の上には、こんな言葉が書かれています。「Nós ossos que aqui estamos pelos vossos esperamos」。「ここにいる私たちの骨は、あなたたちの骨を待っている」という意味です。案内板はこの言葉を、毎年、灰の水曜日(四旬節の初日)に唱えられる「人よ、あなたはちりであり、ちりに帰る」と同じ意味だと説明していました。人生がつかの間であることを、扉の前から教えてくれているわけです。
入口の右側には、1845年から1848年までこの修道院の院長だったアントニオ・ダ・アセンサン・テレス(António da Ascensão Teles)の詩も掲げられています。急いで通り過ぎる旅人に、少し立ち止まりなさい、この世を去った多くの人を思い、あなたもまた同じ終わりを迎えることを考えてみなさい、立ち止まるほどにかえって前へ進むのだ、と語りかける詩です。息子に読んで聞かせると、緊張した顔でじっと聞き、そのあともずっとかみしめていました。壁や柱のところどころにある、骨が抜け落ちた跡を見つけると、「あれは『あなたの場所』を空けてあるんだね」と言って、鳥肌が立つと話していました。
壁につるされていた2体のミイラ
礼拝堂の奥のガラスケースには、ミイラが2体横たわっています。案内板によると、18世紀から壁にミイラがつるされていたという記録があり、いま残る2体は21世紀初めまで、天にも地にも触れないよう壁にかけられていました。そこから、母親につらく当たった父と息子の遺体だという伝説が生まれます。母親が死ぬ前に「おまえたちの墓の土が、おまえたちを朽ちさせないように」と呪ったという話です。けれども科学的な調査で、2体とも女性だとわかりました。2019年、エヴォラ大学の研究チームが、成人女性と2歳半ほどの女の子だと発表しています。
上階の博物館とバルコニー
同じチケットで、教会上階の宗教美術の展示も見られます。ルネサンスからバロック時代の彫刻や絵画、宗教装飾があり、大小さまざまなキリスト降誕の模型がたくさん並んでいました。降誕の模型(presépio、プレゼピオ)は、イエスが生まれた馬小屋の場面を小さな人形で再現したもので、ここにはエヴォラの町並みをまるごと写したような大きな模型もありました。息子と私は、木の実の殻の中につくられた小さな場面をのぞき込んで、しばらく夢中になりました。3階の屋外バルコニーは高くはありませんが、白い壁とオレンジ色の屋根が続く町並みを見渡すには十分でした。




チケットと見学の順番
チケットは教会の窓口で買って入りました。1枚で人骨堂と上階の博物館、降誕模型の展示、テラスまで見られます。教会の本堂はチケットなしで入れます。私たちは礼拝堂を先に見て、上階の博物館とバルコニーを回り、5時10分ごろ外に出ました。開館時間と料金は、下の「知っておきたいこと」にまとめています。
車なしでエヴォラを回るなら
私たちはレンタカーで寄りましたが、リスボンからエヴォラへの日帰りツアーや、エヴォラの町なかを歩くツアーもあります。人骨堂、大聖堂、ローマ神殿は旧市街に集まっているので、1日で回りやすい町です。私たちはツアーには参加していません。参加人数や料金に含まれるものはツアーごとに違うので、予約ページで見比べるのがおすすめです。
広場のパン屋と、コルク製品のおみやげ通り
人骨堂を出て、5時20分ごろ広場のパン屋アキ・ア・パン(Aqui Há Pão)でパンを何種類かとコーヒーを買い、食べ歩きをしました。甘そうに見えたパンが思ったより素朴な味で、甘いものが好きな妻と、甘いものはそれほどでもない私とで評価が分かれました。ポルトガルでは、どこでもコーヒーをとても安く飲めました。
ローマ神殿へ向かう途中、おみやげ屋さんが集まる通りを抜けました。コルクの産地らしく、コルクでできた帽子や鍋敷き、バッグ、財布などが店先まで並んでいます。私たちはコルクのはがきとコルクの鍋敷き、それにまわりに配るちょっとしたおみやげをいくつか買いました。値段は高くありませんでした。鍋敷きは模様がきれいなので、使わずに家で飾っています。


コルクでできた暮らしの小物
エヴォラのお店で見かけたようなコルクの鍋敷きやコースターは、ネット通販でも手軽に見つかります。私たちがエヴォラで買ったものと同じ商品ではありませんが、熱い鍋やカップを置くのに便利です。リンク先はいろいろな商品を比べられる検索結果です。
エヴォラ大聖堂とローマ神殿
パンを手に路地を歩き、5時40分ごろエヴォラ大聖堂(Sé de Évora)の前に着きました。町でいちばん高い場所にあるので見つけやすく、近くからは白い壁とオレンジ色の屋根が続く町並みを見下ろせました。ポルトガル最大の中世の大聖堂で、1186年に建設が始まって13世紀半ばに完成し、その後も長い年月をかけて装飾が加えられてきました。時間が遅く、中には入れず外から眺めただけです。


大聖堂のすぐ近くにはローマ神殿(Templo Romano)があります。休みに入る前に学校で歴史の単元を習ってから、息子はローマの人々の足跡に興味津々でした。だからこそ、イベリア半島の西側にあるエヴォラでローマ神殿に出会えたことは、私たちにとって特別でした。
神殿は1世紀ごろ、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスをたたえて建てられたと言われています。長いあいだ狩りの女神ディアナの神殿と呼ばれてきましたが、この名前は17世紀に生まれた話から来ているそうです。5世紀にこの地に入ってきたゲルマン系の人々に壊され、中世には城の塔の中に埋め込まれ、14世紀から1836年までは肉屋として使われていました。こうしていろいろな用途に使われたおかげで、町がキリスト教の町に変わっていくあいだも、ローマの神をまつったこの遺跡が生き残ったという話が興味深かったです。後から付け足された建物が19世紀後半に取り払われ、いまのようにコリント式の柱が姿を現しました。


神殿の裏手の公園で記念碑と小さな噴水を眺め、町を見下ろしてから移動しました。狭い路地では、黒いマントをはおった大学生をよく見かけました。エヴォラ大学の学生たちです。
ポルタス・デ・モウラの噴水でしばらく水遊び
6時20分ごろ、ポルタス・デ・モウラ広場(Largo das Portas de Moura)に着きました。広場の真ん中に立つポルタス・デ・モウラの噴水(Fonte das Portas de Moura)は1556年につくられた噴水で、丸い石の飾りが水盤の上に載っています。息子は噴水の水に手をひたすだけで、時間を忘れて遊んでいました。広場のまわりには、白い壁に黄色い縁取りの家が路地ごとに続いています。


夕食はエヴォラ郊外のアジア料理ビュッフェ「WOK KING」
リスボンからアルブフェイラまで来るあいだに、ポルトガル料理をたくさん食べてきました。そこで気分を変えて、7時10分ごろエヴォラ郊外のアジア料理ビュッフェ、WOK KINGへ。好きなだけ取って食べるビュッフェなので大きな期待はせずに行ったのですが、食材がとても新鮮でおいしかったです。鉄板焼きのコーナーもあり、エビやマテ貝、タコなど海鮮料理がいろいろありました。息子も妻も私も大満足で、気に入りすぎて翌日コインブラでもまた別のビュッフェを探して行ったほどです。

ポルトガルで食べたものやスーパーでの買い物は、ポルトガル料理とスーパーの記事にまとめています。
ヴェンダス・ノヴァスのB&B
週末だったうえに時間も遅く、エヴォラ市内では宿がなかなか取れませんでした。私たちは旅程のなかでこの夜だけ宿を決めずにいたのですが、寝るだけの場所なので、翌日のルートをいちばんに考えました。そうして選んだのが、エヴォラから西へ約57km、翌日オビドスへ向かう途中にある小さな町ヴェンダス・ノヴァス(Vendas Novas)のB&B「MIX inn」です。夕食のあとで宿を予約して出発しました。
夜遅く静かな町に着いて寝るだけ寝て、翌朝、朝食をとってから出発しました。遅い到着だったのにオーナーの男性は気さくに迎えてくれ、宿の中のつくりも個性的でした。翌朝やわらかな笑顔で朝食を案内してくれたおばあさんまで、短い滞在でも地元の町の雰囲気がたっぷり残る宿でした。
ただ、エヴォラを離れながら、ゆっくりエヴォラに泊まっていたらどうだっただろう、とも思いました。
エヴォラに1泊するなら
エヴォラの旧市街近くに泊まれば、日が暮れたあとの路地や広場をのんびり歩けます。私たちは泊まっていませんが、旧市街の中心にあるジラルド広場(Praça do Giraldo)からの距離を添えて、宿の候補を挙げておきます。
知っておきたいこと
開館時間と料金
エヴォラの人骨堂(サン・フランシスコ教会)
- サマータイム期間9:00〜18:30
- 冬9:00〜17:00
- 休館日1月1日復活祭の日曜日12月24日午後12月25日
- 大人7ユーロ
- 25歳以下5ユーロ 65歳以上も5ユーロ
- 家族15ユーロ 大人2人と10代の子ども
- 教会の本堂無料
エヴォラ旧市街の路上駐車
- 平日8:30〜19:30 有料
- 土曜9:00〜14:00 有料
- 訪問者1回につき最大4時間
- それ以外日曜・祝日と有料時間外は無料
エヴォラの宿泊税
- 料金1泊1.50ユーロ
- 開始2025年8月1日
人骨堂とエヴォラの駐車情報は、2026年10月にそれぞれの公式案内で確認しました。宿泊税は2025年8月の報道にもとづくものなので、泊まる前に宿にもう一度確認するのがおすすめです。
用語行く前に知っておきたい言葉
- カペラ・ドス・オッソス Capela dos Ossos
- ポルトガル語で「骨の礼拝堂」日本では「人骨堂」と呼ばれることが多い。
- ソブレイロ Sobreiro
- コルクガシ樹皮をはいでコルクをとる、ナラ・カシの仲間の木
- モンタード Montado
- コルクガシの林に草地や畑が混じり合った風景アレンテージョの平原でよく見られる。
- プライア・フルヴィアル Praia fluvial
- 川や小川のほとりに設けられた水遊び場プライアは「浜辺」という意味
- プレゼピオ Presépio
- イエスが生まれた馬小屋の場面を小さな人形で再現した、キリスト降誕の模型
よくある質問
エヴォラの人骨堂の入場料と開館時間は?
サン・フランシスコ教会の公式サイトによると、大人7ユーロ、25歳以下と65歳以上は5ユーロ、家族(大人2人と10代の子ども)は15ユーロです。サマータイム期間は9:00〜18:30、冬は9:00〜17:00に開いています。チケット1枚で、上階の博物館や降誕模型の展示、テラスまで見られます。
エヴォラの人骨堂に子ども連れで行っても大丈夫?
空間全体が人の骨で覆われているので、最初は驚くかもしれません。うちの息子はかなり緊張しながらも、入口の言葉や詩をずっとかみしめていましたし、上階の博物館の小さな降誕模型は楽しそうに見ていました。入る前に、どんな場所かを話しておくのがおすすめです。公式の料金表には子ども料金が別になく、25歳以下5ユーロと家族15ユーロが載っています。
アルテの滝はいつ行っても水がありますか?
雨が少ない時期には、水がほとんど流れていない乾いた崖しか見られないこともあるそうです。私たちが行った3月下旬は、水量も滝つぼの水もたっぷりでした。乾季に行くなら、期待は少し控えめにしておくのがよさそうです。
アルガルヴェからエヴォラまで車でどのくらい?
アルブフェイラからアルテの滝を経由してエヴォラまで約225km、Googleマップの通常の交通状況で運転時間だけで2時間40分ほどです。私たちは午前11時45分ごろリゾートを出てアルテに寄り、午後4時20分ごろエヴォラに着きました。エヴォラからヴェンダス・ノヴァスの宿までを足すと、この日は1日で約280km走っています。
エヴォラに車で行くと、駐車はどこにすればいい?
私たちは城壁の外の広い駐車場に車を置いて、歩いて旧市街に入りました。旧市街の路上は平日の日中と土曜の午前〜昼過ぎが有料で、訪問者は4時間まで停められます。人骨堂、ローマ神殿、大聖堂、ポルタス・デ・モウラの噴水はどれも歩いて行ける距離なので、城壁の外に停めても不便はありませんでした。
まとめ
- 滞在時間アルテの滝と村で1時間ほどエヴォラ旧市街で2時間半ほど夕食のビュッフェで1時間ちょっと
- 移動レンタカー約280km、運転時間は約3時間25分
- 入場有料はエヴォラの人骨堂のみ(大人7ユーロ)ほかはチケット不要
- こんな人にアルガルヴェから車で北へ向かう人海のあとに、滝と古い城壁の町をあわせて見たい家族人骨堂やローマ神殿のように物語のある場所を子どもと歩きたい人
- もう一度行くならエヴォラの町に1泊して、ゆっくり回りたい。おいしそうだったパン屋やレストランをじっくりめぐって、もっと時間を過ごしたい。
エヴォラは、ほかのヨーロッパの町ではなかなか味わえない、独特の雰囲気をもつ町でした。その記憶をいっそう確かなものにしたのが人骨堂です。入口の言葉を聞き、骨が抜けた跡を「あなたの場所」と呼んだ息子の言葉、ミイラにまつわる話まで重なって、家族みんなで夢中になって見て回ったあの午後のおかげで、エヴォラは強烈に、そして長く心に残る町になりました。次に行くときは、あの路地のパン屋やレストランに、もう少し長く腰を落ち着けたいと思います。
関連記事
場所とアクセス
立ち寄った場所を町・村ごとにまとめました。番号は上のルート地図の番号と同じです。
| 場所 | 時間・したこと | 地図 |
|---|---|---|
| 3月23日 · アルブフェイラ → ヴェンダス・ノヴァス | ||
| 1アルブフェイラアルガルヴェの海岸 | 午前11時45分ごろリゾートを出発 | 出発 |
| 2アルテロウレ市 | 12時35分ごろから1時間ほど | 村 |
| アルテの滝 | 滝の下の水辺でひと休み | 地図 |
| 村の水辺 | 1時半ごろ、外から見ただけ | 地図 |
| 3エヴォラアレンテージョ地方 | 午後4時20分ごろから歩いて2時間半ほど | 旧市街 |
| 人骨堂 | 4時20分ごろ、上階の博物館まで | 地図 |
| 🍽アキ・ア・パン | 5時20分ごろ、パンとコーヒー | 地図 |
| 大聖堂 | 5時40分ごろ、外から見ただけ | 地図 |
| ローマ神殿 | 大聖堂のすぐ隣 | 地図 |
| ポルタス・デ・モウラの噴水 | 6時20分ごろ、水遊び | 地図 |
| 🍽WOK KINGエヴォラ郊外 | 7時10分ごろ、アジア料理ビュッフェで夕食 | 地図 |
| 4ヴェンダス・ノヴァスエヴォラとリスボンのあいだ | 夜に着いて1泊 | 町 |
| 🛏MIX inn | B&B、翌朝に朝食 | 地図 |
地図のリンクは名前で検索して開くので、出かける前に場所をもう一度確認するのがおすすめです。
ポルトガル旅行を計画中なら
私たちはリスボンから入ってポルトから出国し、アルガルヴェやエヴォラへはリスボンで借りたレンタカーで回りました。航空券とレンタカーは、日程を入れて比べてみると選びやすくなります。
確認した資料 13件
- サン・フランシスコ教会公式サイト、開館時間と料金 サマータイム期間と冬の開館時間、休館日、料金、チケット1枚で見られる場所(2026年10月確認)
- サン・フランシスコ教会公式サイト、人骨堂の紹介 17世紀の建立、数千の骨、1810年の天井フレスコ画(2026年10月確認)
- idealista、エヴォラの人骨堂 5,000体を超えるとされる遺骨、入口の言葉(2024年9月の記事)
- RTP、人骨堂のミイラ調査 エヴォラ大学の研究チーム、成人女性と女の子(2019年12月の報道)
- ロウレ市観光案内(Visit Loulé)、アルテの滝 墓地の横に駐車、木の階段・土の道約300m、高さ24m(2026年10月確認)
- Postal do Algarve、アルテ村の泉とアルテの滝 夏の水遊び(2024年7月の記事)
- ユネスコ世界遺産センター、エヴォラ歴史地区 1986年登録
- Visit Portugal、エヴォラ大聖堂 ポルトガル最大の中世の大聖堂、1186年着工・1250年完成
- Wikipedia、エヴォラのローマ神殿 1世紀の建立、ディアナの名の由来、1836年まで肉屋、19世紀後半の整備
- エヴォラ市、水の道の案内資料 ポルタス・デ・モウラの噴水は1556年
- エヴォラ市、旧市街の駐車区域規則の改正 有料時間、訪問者は最大4時間(2024年10月)
- Julie Dawn Fox、ポルトガルのコルク 初収穫まで25年、9年周期、幹の数字、世界生産の半分以上
- Observador、エヴォラの宿泊税(2025年8月の報道)
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